イノベーションを起こすアイデア

ジレンマから解き放たれるための新たな事業創出についての上司の話がとても有益だと感じたので書いておきます。

収益の柱となる確固とした事業を持つ企業にとって、それに代わる新たな柱を見出そうとする時に、ジレンマに囚われて身動きが取れなくなってしまうことがあります。iPadの来襲で電子書籍という荒波に晒されている出版社について考えてみるとそのジレンマがどういったものなのか理解しやすいと思うので、例に挙げて説明させてもらいます。

一部の先進的な出版社を除く多くの大手出版社にとっての収益の柱は言うまでもなく、紙で流通される本であり雑誌です。ただ多くのコンテンツがそうであるようにデジタル化によるネット配信の流れは出版業界にも否応なく変化を求めています。そしてAmazon KindleiPadといったその流れを加速する優れたインターフェースを持つデバイスの登場は、出版業界自体が大きく変革されていくことから逃れ得なくなって来ています。1ユーザーとしての見地(しばしばそれは著名なジャーナリストも囚われがちですが)から考えれば、なぜ日本の出版社はその大きな変革の波に乗ろうとしないのか不可解に思うこともあるかもしれません。今後本や雑誌はデジタルファイルで読むことが主流になり、紙媒体で流通するものはやがて無くなることが決定的なのであれば、既存のやり方を変えて、成長分野に思い切って舵をきるべきではないかと。ではなぜ多くの、特に日本の出版社はそれをやらないのか、もしくはできないのか?そこにはその当事者だからこそのジレンマがあるからです。

出版社にとって、今なお紙で流通される多くの本や雑誌は収益の柱であることは疑いのない事実であり、長年かけて築いてきた強みを簡単に捨てることは勇気を伴います。できればリスクの高い新たな領域にチャレンジするよりも、今強い地位を築いている有利な土俵で勝負することに固執したいと思うのが普通でしょう。もし積極的に自ら電子書籍事業を推進してしまった場合、その自分にとって優位な地位で戦うことができる紙での事業そのものを危険に晒すことになりかねないというジレンマがそこにはあります。そんなことを考えていると結局、市場の変化を目の前にして何もできないまま時間が過ぎていき、いざその収益の柱そのものが失われうまで時間を浪費してしまうことになってしまう。

過去の歴史を紐解くと、このジレンマに囚われた当時のリーディングカンパニーが、他業種もしくは新興勢力によってとってかわられてきた事実を目にすることができます。例えば最近ではアップルがiPodiTunes store で音楽業界における流通を一気に変えてしまったのは記憶に新しいかもしれません。いつか音楽配信が当たり前になると言われていながら、CD販売への影響を恐れて手をこまねいていたレコード会社や小売店を尻目に、まったく音楽流通に関係ないプレイヤーであったアップルがその流通における覇権をかっさらってしまいました。

そういったジレンマに侵されてしまった企業が、そのジレンマに打ち勝つ方策はないのかというとそうではありません。多くの企業がそのジレンマの中で身動きができなくなってしまっている一方で、継続して事業を生み出し、新たな収益の柱を築くことができている会社のひとつにフジフィルムがあります。その会社名からわかる通り、もともとはフィルムメーカーとして成長してきたこの会社は、今ではそのコアコンピタンシーを生かして胃カメラを製造するなどその事業領域を広げています。

フジフィルムの例をひとつのヒントとして考えると、ジレンマへの対処方法が分かってくるように思います。胃カメラとフィルムはまったく異なる領域で、胃カメラを製造することがフィルムメーカーとしての事業領域を侵すことはありません。フジフィルムはある意味でジレンマが生み出される領域を避けることでその成長を継続してきています。

単純にジレンマを避けてまったく異なる領域にチャレンジするだけでは、大抵の場合、失敗が目に見えています。フジフィルムの成功は、異なる領域でありながら、その領域で通用する自社の強みを持っていたことから生まれています。つまり、フィルムメーカーとしてカメラのノウハウを持っていたことが、既存の医療メーカーの胃カメラとの競争に打ち勝つ競争力を生み出しました。

フジフィルムの成功から考えると、あえてジレンマと戦うことはあまり得策ではないように思えてきます。今収益を生み出している事業におけるコアコンピタンシーを客観的に見定めた上で、偏見に捕らわれることなく、新たな領域でイノベーションを仕掛けていくことが、企業の事業を拡大し継続して成長を続けていく上で必要なことなのかもしれません。